がんびーの:雑談でも

映画のこと、本のこと、音楽のこと…。最近あったことをタラタラと綴ります。お暇な方、お付き合いください。

最近よかった映画(2/4〜2/13)

こんにちは。

そろそろ学校始められるかもよ的な連絡がデンマークから来て、この映画漬けの毎日ともお別れかと思うと複雑な気持ち。まあいけるのに越した事は無いんですけども。最近は花束とかすばらしき世界とか新作を映画館で見たいなと思いながら結局部屋でパソコンの画面を見つめてる。映画館行きたいな。

以下最近よかったのです。

 

 

霧の中の風景(1988) テオ・アンゲロプロス

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ムロナガ先生に結構前に教えてもらった監督。カードゲームとかにいそうな強そうな名前の監督ですね。

- 霧の中に一本の木があるだろう?
- 見えないよ
作中に出てくるこのセリフが頭から離れない。溝内殴られたような作品。
すごく良かったけどね。

多分1970年代。社会情勢が悪化の一途を辿るギリシャを舞台に、12歳くらいの姉と6歳くらいの弟があったこともない父親を探しに、一銭も持たず隣国のドイツに旅する。その道中でいろいろな人に出会い…的な。
物語は淡々としているが不明瞭。まさに霧の中その物。その霞んだ風景が、彼らの旅を表しているのか、彼らの人生を表しているのか、ギリシャの不況を表しているのか。もしかすると、その濃い霧の中に一本の木が立っているかもしれない。あるかどうかはわからないけど、ないとは限らない。父のように、そしてオレステス(途中に出てくる兄ちゃん)のように。信じるって魅力的に扱われることが多いけど、闇雲に信じ続けることほど理不尽な事はないなと。

かなりエグい話ではあるけど…、いや、エグい話。けど、とか無いエグい話。
途中に出てくる姉に手を出すおっちゃんは死ぬべき。

 

Saint Maud(2019) ローズ・グラス

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A24ホラー作品。「ミッドサマー」「ヘレディタリー」とかと並べられてオススメされてるけど、個人的にこれの方が好き。だいぶ好き。
敬虔なキリスト教徒である看護師モードが、あるお金持ちの女性の在宅介護をすることになる。最初はいい感じに仲良く過ごしてるんだけど、段々モードの宗教心的なのが過激になっていき、モードは患者に取り憑いている悪魔を取り払おうと一線を超えた行動に出る。
映像はスタイリッシュでカッコいいし、音楽は滅茶苦茶イカツイし、CGも敢えてわかりやすくしてテーマに沿ってるし。とにかく最高。こういう系は大好き。途中浮かび上がるところはタルコフスキー「鏡」のオマージュかな。

人間の孤独から生まれる信仰心がいかに恐ろしいか。宗教は人を救うこともあるけど、人を堕とすこともある。ホラー映画でありながらもメッセージ性のあるドラマ。怖い、というより、恐ろしいの方が的確かな。ラストはゾッとする。

この監督チェックしよ。

 

アメリカの影(1959) ジョン・カサヴェテス

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60年前後にアメリカに衝撃を与えた新鋭監督カサヴェテスの長編処女作品。エンドクレジットで本作は即興演出によって作られたって流れてるけど本当にそうなのかしら…全部そうだったらすげえぞ。

だいぶ良かった。部屋で呑んでる時とかにずっと流してたいような映画。映像の粗さ、ジャズ音楽、音質、どれをとってもビンテージの最高峰って感じでお洒落。ほんとに59年のニューヨークを建物の影に隠れて盗み見てる気分になれる。
黒人と白人の間に生まれた3人兄妹を中心とした日常的映画。特に起承転結があるわけではないが(即興演出なんで当たり前かもだが)、決して話がダレたり逸れたりすることもなく、個性際立つ兄妹が織りなすユーモラスなやり取りと、当時の人種間でのギクシャクを等身大の表現で描いた傑作。

この頃から同時録音可能な音響機器が出回り始めたらしく、本作品も同時録音が殆どなんだとか(それまで音声は後付けが主)。役者の服にピンマイクを仕込んだり、カメラから外れた場所にマイクを設置したりなど。舞台映画が主流だった時代、保守派の方々からすると、クソ重たいカメラ諸々の機材を持って外で撮影するなんて異常だったのだろう。それもあってか、いくつかのシーンで通行人が俳優のことを直視している。この点も、当時の街の空気感だったり撮影の様子を感じることができて非常に良い。あと同時録音の機材がすごく重たかったから、三脚での撮影シーンが多いらしい。

50年代後半から60年代中盤にかけては、技術の進化に伴う映画作家のマインドの変化で、いろんな前衛的な作品が世に出た時期らしいから(これもその一つ)、漁ると楽しい。

カサヴェテス全然見たことないから見たいな。

 

Another Round(2020) トマス・ヴィンダーベア

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ぜひ今年のアカデミー外国語映画賞に輝いてほしい作品。
社会風刺映画で言えば、「パラサイト」よりこっちの方が好き。全然着眼点が違うけれど。トマス・ヴィンダーベアは「偽りなき者」しか見てないけど本当に大好きな監督。てか監督の人間観察力がありすぎるのか絶妙な表情だったり言動がすごいリアル。それを過去作同様マッツが演じてくれるのがまた最高。デンマークに乾杯。
ざっくり言えば中年の教師たちが実験のために(最初らへんは)日中の飲酒を始めるんだけど、飲酒の歯止めが効かなくなってドンドンやばい方向に行っちゃうって話。そもそも日本人と欧米人じゃ体の作りが違うから、飲酒量に関して共感できる点は少ないけど、酔ったときのテンションとか、また飲みたくなっちゃう時の衝動とか、二日酔いの後悔とか、どの国でも一緒なんだなと思った。酒には飲まれるなって聞くけど、マジでそれだなと思う。度数が高くても量が多くても、飲む人がしっかりと自分をコントロールできれば特に問題はない。まあコントロールできなくなるのがアルコールってもんなんで、人間が結果を知っておきながら進んで摂取するのも面白い話だ。

お酒のおかげで生徒からの信頼が増した、授業が面白くなった、家族が円満になった。でもお酒のせいで喧嘩をして、誰かを殴って、誰かが…。良くも悪くも全部お酒のせい。
奥さんが国中全員酒飲みだって言ってたけど、デンマーク国のアルコールに対しての価値観が気になった。

ウォッカ飲み過ぎ。

マッツの前髪がエロい。

 

永い言い訳(2016) 西川美和

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「素晴らしきかな世界」楽しみとか言っておきながら西川監督の作品何も見てなかったのでとりあえずこれを。すごく良かった。前向きになれる、でもポジティブ過ぎない、リアルな映画。

愛人とイチャイチャしている最中に妻がバスの事故で死んでしまった作家の衣笠。自分の名前が偉大な野球選手と一緒なことに昔からコンプレックスに感じている、言い訳の多いちょい糞男。そんな彼が妻と一緒に死んだ女性(妻の昔からの親友)の家のお手伝いをすることに。子供の面倒を見たりご飯を作ったり、そんな中で新しい自分を見出し…的な。

主人公の衣笠が、自身結構糞なことしてるの理屈っぽいリアリストなのが鼻につくんだけど、子供と接してるところとかロック画面彼等の写真にしてるところとか見ると良い人だなと思う。マネージャーの「子育てなんて免罪符でしょ」って発言は図星っぽくて胸に刺さるが。
衣笠と対照的なトラック運転手とのやりとりがこの映画の味噌なのか。最愛の妻を亡くし涙流しまくりのトラック運転手と、彼女が死んだ時愛人と一緒にいて死んでもそこまで実感なさげな衣笠。頑張って忘れて新しい生活を送ろうとする前者と、罪滅ぼしの如く自分の悪さを改善する後者。
どちらも妻が死んだことに対しての言い訳なのかもしれないが(特に衣笠)、じっくりとその言い訳に向き合って新たな人生に踏み出して欲しいと願った。

子役が可愛すぎるのと坂道が綺麗だった。

 

突撃(1957) スタンリー・キューブリック

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パワハラの究極形態を見れる作品。

もし俺が29歳でこれ撮れたら満足して監督辞めるかな。
凄過ぎるぜキューブリックさん。

現金に体を張れ」を見てハリウッドデビュー作がこれは凄まじいなと思ったけど、それに続いた二作目が超大規模な戦争映画で、しかも超ハイクオリティだなんてもう堪んねえっす。キューブリック作品はスパルタカスバリー・リンドン以外見たんだけど、初期の方が好み。特にこれと現金は大好き。まあ全部神がかってるのは間違いないんだけど。

第一次世界大戦下、ドイツのアリ塚を攻めようと無謀な作戦を将軍に持ちかけるフランスのお偉いさん。脳筋な将軍は気合があればいけるぜ的な感じで了解し、ダックス大佐に命令を出す。その作戦は無謀すぎると反論するも、絶対に命令に従えと将軍が圧をかけ、ダックス大佐の隊は作戦を実行する。しかし予想通り作戦は失敗に終わり、やる気がないからだ!と怒った将軍が隊から3人を出し公開処刑をしようとする…。

ストーリーの前半が無謀な作戦の戦闘シーン、後半が裁判のシーン。どちらも理不尽の極みなので、全世界のパワハラ上司は履修すべき。皺寄せは無実の人間にいくよね。
お偉いさんと将軍と大佐の3人の上下関係が凄くうまく描かれていた。昨今オリンピック委員長のお偉いさんがディスられてるけど、まじでこれ見た方がいいと思う。ダックスさんが「お前をここまで放置してた俺が悪かった」的なこと言うシーンあるけど…、どう?

最後は泣ける。
フランスでは一時公開禁止だったらしい。

 

鶴は飛んでゆく(1957) ミヘイル・カラトジシュヴィリ

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傑作戦争映画。
これ突撃と同じ年の映画なのか。

ソ連の戦争映画は初めてかもだけど凄く良かった。長尺で難しいイメージは偏見だった(炎628だね)。短いしストーリーは単純。それでもって素晴らしいカメラワーク(これ本当にすごかった!)と美しい構図。傑作と呼ばれる所以がわかる。やっぱ戦争みたいな実際に起こった悲劇を映画にする時には、無駄に誇張せずストレートに伝えた方がいいなと思った。日本語字幕なかったから英語字幕でみたけど全然いけるほど単純。

婚約者が志願兵として戦争に行ってしまい、彼の帰りを待ち続けるベロニカ。しかし彼がいない間に甥のマルクと結婚してしまい後悔の念に苛まれる。彼は果たして帰ってくるのか…的な。ありきたりな展開だから先は読めるけど、それでもっやっぱり胸を打たれる。ほんとラストは悲しくて見てられなかった。いい感じに美化してるけど残酷すぎる。

甥は糞だけど、空襲の最中に愛の告白をして顔面打たれまくるシーンは好き。
あんな時にチェイコフスキー弾くな。

ベロニカがオードリー・ヘプバーンに見える。
 

バーバー(2001) コーエン兄弟

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掛け違えたボタン。治そうと思ったら千切れちゃった。そんな話。

床屋の無口なおじさんがある日妻の不倫を知り、少しばかり不倫相手に嫌な思いをさせようと取った行動が負の連鎖を招いてしまう話。冤罪の映画とも復讐の映画とも言えない、なんとも独特な映画。コーエン兄弟の作品ってジャンルに当てはめることができない魅力があって素敵。モノクロの落ち着きながらキレのある画面と主演のおっちゃんの渋い声とタバコを吹かす仕草が、作品をお洒落に上品に仕上げている印象。

複雑化していく話にはコーエン兄弟の手腕を感じる。何か一つの出来事に向かってことが進んでいく、そんな単純な展開にさせない彼らのユーモアは天才的。

最後まで髪型を気にする主人公と、バックに流れるベートーヴェンが余韻を長引かせる。

予想とは違う作品だったが良かった。
前情報ない方が良し。

 

サマリア(2004) キム・ギトク

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はじめてのキム・ギドク
良かった。

売春とか殺人とか、心が痛くなる要素を詰め合わせながらも、ラストシーンには愛を感じた。賛否両論あるらしいけど、あの終わらせ方は素晴らしいと思う。
高1くらいのジェヨンとヨジンがヨーロッパ旅行に行くために売春をする。ヨジンが古いSNSみたいなので相手を探してお金を管理し、実際に体を売るのはジェヨン。ある日警察がホテルに突然押しかけてきてジェヨンは窓から飛びおり死亡。そこからヨジンの父親も話に入ってきて一気にテンポが増す。

家族がいながらも簡単に売春に手を染める大人の闇の部分と、復讐という目的のためなら簡単に一線を超えてしまう善良な人間の影。「ジェヨンのため」と「娘のため」の二つの願いが交錯した挙句の言葉を失う結末。

きっとお父さんは娘のことを思い石に黄色の塗料を塗ったのだろう。家にちゃんと帰れるようにと願って。

ジムノペディが流れる映画は必ず誰か死ぬ。

 
 

最近よかった映画(1/23〜2/3)

 こんにちは。

 

最近はあったかいのか寒いのかよくわかんない天気。厚手のコートしか持ってないから体温調整に困ります。

最近よかった映画たち。

 

 

 

ラ・ジュテ(1962) クリス・マルケル

なんとなく見た短編映画に面食らった。こいつはやべえなって感じ。

予告見たら「12モンキーズ」の元ネタで、「攻殻機動隊」の押井監督にも影響を与えた伝説のSFって言ってた。すげーっす。

舞台は第三次世界大戦後のどっか。主人公は敗戦国の国民で、捕虜として人体実験の被験者になる。その実験ってのが、未来に行って有力な情報をゲットするためのタイムスリップ的なやつで、変なアイマスクつけられて、不気味な密室に閉じ込められる。まあそれでどうこうなるんだけど、多分これくらいの情報で見た方が面白い。


いちばんの特徴は映像じゃなくて写真の連続(スライドショー的な)ってところかな。その写真がまたどれを取ってもカッコ良くて…。非常に痺れる作品。

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シルビアのいる街で(2007) ホセ・ルイス・ゲリン

これは前書いたからそちらを。

イケメンは何しても許されるよね。

ch3rny12113.hatenablog.com

 

幻の光(1995) 是枝裕和

こちらもなんとなく見てびっくりしたやつ。自分是枝監督の映画は「海街ダイアリー」以降しか見てないから非常に疎いんだけど、本作品が長編処女作にして最高の完成度ってベタ褒めされてたから見たら首がもげるくらい頷ける傑作。

終始好きだーーーって感じの映像。バリバリにスクショしましたね。小津安二郎とか真似てんのかなと思ったら、全然知らない監督のオマージュたくさん入れてるらしい。その方の名前忘れたんですけど。あとロケハンすごい頑張ったんだなって印象。出てくる場面場面がすごく綺麗。前半の尼崎の下町っぽい雰囲気も、後半の自然に囲まれた田舎も、どっちも癒される。兎にも角にもそれを惜しみなく画面に収めてくれる是枝さんに感謝。

ストーリーはちょい暗め。三ヶ月の子供を持つ若い夫婦。幼馴染がそのまま結婚しましたって感じで仲睦まじいんだけど、ある日夫が突然鉄道自殺。動機がわからぬまま数年が過ぎ、息子が小学生になるくらいの時に再婚して尼崎を離れる。再婚生活も順調かと思われたが、妻はやっぱり彼がなんで死んだのか理解できず…。

見せ過ぎない伝え過ぎないって雰囲気がすごい好き。結局結論出ないままかもだけど、人生そんなもんなのかも。時間は進むばかりだし、どうしようもないことも沢山あるよね。彼女がこれから立ち直って、というか今いる環境で元気に生きられるのか。彼の死は良くも悪くも彼の選択だったわけですし、それを彼女が負い目に感じる必要はないさ、と彼女の背中を押してあげたいね。

前半の尼崎がわりと地元だから、場所を探したけどわかんなかった。

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コロンバス(2017) ココナダ

監督の名前ナダデココみたいだなと思い鑑賞。綺麗だった。

こちらはまじで小津安二郎へのリスペクトを込めて作ってるらしい。まあ小津安二郎全く観たことないんですけど…。見なきゃね。確かに構図が最高に整ってた。無駄がない。そして拘りがすごい。こりゃコロンバスの街も喜んでるな。

舞台はインディアナ州コロンバス。そこは歴史的な現代建築がいくつも立ち並ぶ建造物の町として有名らしい。そこで、疎遠だった父が倒れたことをきっかけ看病しにやってきた男性と、心病みがちな母と二人暮らしする20歳くらいの女性が出会い仲良くなるって話(恋愛ではない)。

彼は父を受け入れ、彼女は母を信頼する。コロンバスって街を舞台に二人の男女が新たな人生に踏み出すハートフルなドラマ。建築はそこまで主軸じゃないけど、二人の心を繋げる上で重要な役割を持ってる。

ヘイリーさんの常に笑い堪えてる感じの表情が好き。優しい顔してんな。図書館の同僚の男の子もティモシーtypeBって感じで好き。

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ピアニスト(2001) ミヒャエル・ハネケ

生涯ベスト10に入るくらい最高。俺は完全にハネケに恋してる。やばいす。

高二くらいでゲオ行った時に、このパッケージが目に止まって、大人な恋愛映画だなぁと思って借りようと思ったけど、なんかやめた。多分あそこでこれを見てたら人生変わってたんだろうなと思う。

ピアノ教師のエリカ(多分30後半くらい)。いい歳してんのに滅茶苦茶過保護な母親と実家暮らし。余りにも母の束縛が強いが故に、ねじれた正確に育っちゃって変な性癖も持ってる。そんな彼女がピアノ教室で美青年と出会い…って感じの話。

エロいし、グロいし、常軌を逸したシーンしかないんだけど、そこは結構どうでもいいかなと思う。非常識な人間ってどこにでもいる。愛してる人の為に自分の全てをさらけ出したのに、常識から逸れているが故に、それ(愛)が完全に拒絶された時の喪失感。謝ってやり直そうとしても、結局自分が今まで経験してきたことからしか言動が生まれないから、また非常識だと拒絶され状況は悪化するだけ。

エリカはきっと真面目に(確かにプライドは高いし偏屈であるが)彼のことを愛そうと思ったのだろう。だからこそラストシーンのような行動を起こそうとして、結局それすらもできず自慰という名の自傷に走った。一見したら、男に引かれて当然でしょって思うけど、あんな母親に育てられて、実家にずっと監禁されて、それでやっと見つけた楽しみを愛した男に共有したらドン引きされて、そんな彼女の人生は中々不幸だよ。

ユペールの完璧な真顔があるからこそ、エリカの意味不明な行動に日常感が生まれたのだろう。

大好きな恋愛映画。

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SOMEWHERE(2010) ソフィア・コッポラ

ずっと見たかったコッポラ作品。
U-NEXTに入ってたの気づかなくて見るの遅れちゃった。配信に気づいたとき死ぬかと思った。U-NEXTさんありがとうございます。

もう唯々エル・ファニングが可愛い。当時何歳なんだろうか。よくわかんないけど13,4才くらいかな。まじで動く天使。共演者も嬉しかっただろうな。どこ切り取ってもポスターみたいになるしカッコ可愛いしで最高な人間だと思う。

ストーリーも落ち着いていて良かった。離婚した父と娘がかけがえのない一時を過ごす的なありきたりな話なんだけど、そんな押し付けがましくなくて良い。それがコッポラさんの良さなのかもな。ラストであの後どこに行くんだろうと疑問に思ったけど、冒頭と似てるシーンにすることで、彼の今後の未来を暗示したのかなって納得した。俳優は忙しい仕事だな。娘って可愛いな。

プールに行きたくなった。

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ペーパー・ムーン(1973) ピーター・ボグダノヴィッチ

ジョー・デヴィッド・ブラウンの小説が原作のロードムービー。母親を亡くした9歳の少女・アディを親戚の家へ送ることになった詐欺師のモーゼ。その道中、アディの賢さで次々詐欺を成功させるが…って話。
 
イタリア人の女の人が、アディを車に誘うために近づいてきたけど途中でこけちゃって、くそ!って叫ぶシーンだいぶ好き。

あとアディが黒人の女の子にタバコいる?って渡すシーンも好き。てかあの二人のやりとり全部好き。9歳でタバコ吸いすぎなんよ。あとどうやって指でマッチつけるんだよ。

ずっとドンチャン騒ぎな感じだし、大人と子供の立場逆だしで面白いんだけど、アディが自分のお父さん知らなくて、きっとモーゼも父じゃないって気づいてるけど、お父さんがいたらこんな感じなのかなって想像しながら接してる感じがすごい切なかった。だから最後の終わり方は好き。なんだかんだ好きジャーンってね。

アディの真顔からの笑顔が最高す。

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最後に

最近髭がもっと濃くならないかなと願っています。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

 
 
 

 

 

視点について

こんにちは。

 

今回は映画の視点について。というのも、先日ホセ・ルイス・ゲリン監督の「シルビアのいる街で」って映画を見まして、それが中々素晴らしくまた斬新で色々感じることがあったのでそれを書こうと思います。

 

 

 

シルビアのいる街で(2007)

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パリが舞台のストーカー映画。6年前にあるバーで知り合ったシルビアって名前の女性を忘れられない青年が、「また彼女に会えないかなぁ」って考えながらカフェでいろんな女性を観察しながらデッサンをしていたところ(イケメンなんだけど変な癖がある感じ)、シルビアらしき美しい女性を見つけます。そんでテンション上がった青年が彼女のことを尾ける…って流れです。

多分舞台が日本で主人公がおじさんだったらただの犯罪映画なんだけど、出てくる登場人物の顔面がマネキン並みに美しいのと、舞台のパリの街並みが洒落てるので不思議とロマンチックに見えます。

 

追いかける青年の視点

これを見て素晴らしいなと思ったのが、カメラの視点が彼女を追う青年の目線と完全にリンクしてるってことです。映画開始から30分ほど、青年がカフェでいろんな女性をデッサンするシーンが続きます。遠くのテーブルに座ってる女性を描くために目を凝らしたり、手前に入り込む男を避けたり、色々奮闘する彼。その彼の目線をカメラが完璧なまでに再現しています。彼が体勢を右に傾けるとカメラも同時に動き、女性を捉えるフォーカス送りもまるで彼の眼球の動きにシンクロしているようです。撮影めちゃくちゃがんばったんだろうな…。

また、90分の作中でこれといった会話もほんの少し。街の環境音とそこを行き交う人の会話が耳障り程度に聞こえる中、ただ淡々と青年がシルビアっぽい美女を追うだけ。会話がない分、画面の動きだったり、青年の些細な顔色の変化に注目がいきます。まるで彼が彼女を追うように、僕が彼を追っている気分にもなれますね。

全編通して主人公の表情と視点を上手に表現してるので、一人称の短編小説を読んでいる気分になります。

 

カメラの視点は誰のものか

で、こっからが本題なんですけど、この作品を見て、映画を撮るカメラって誰の視点?って思ったんです。(何本かネタバレします)

ほとんどの映画は、カメラが存在するはずない状況を俯瞰して撮ってますね。そこにカメラがある、という認識を見る側にさせてしまっては、それだけで場面が現場に変わってしまい、映画の虚構性が失われてしまいます。なので「カメラなんてないですけど。」って感じで演技するのが一般的です。

その常識を逆手にとる作品もあります。ハネケの「ファニー・ゲーム」は殺人鬼がカメラに向かって(映画見てる人に向かって)笑顔で話しかけてきます。このような演出を入れることで、見てる側を共犯者にすることができ、より不快感を煽ることができます。

ポン・ジュノの「殺人の追憶」では、ラストシーンで実際に起こった未解決事件を追う警察が画面を見つめてきます。映画が公開された時にまだ犯人は捕まってなかったらしいので、そのラストシーンが実際に存在する逃亡犯に向けてのメッセージのように受け取れます。

存在しないはずのカメラを存在する視点として利用することで、鑑賞者を第三者に変化させる。1953年に公開されたイングマール・ベルイマンの「不良少女モニカ」にも、少女がカメラを見つめるショットが入っていて、そのショットが相当物議を醸したらしいです。映画史家のアントワーヌ・ドゥ・ベックが「ベルイマンのあのショットは、虚構内に存在する登場人物が虚構内に存在しないはずのカメラを正規するという虚構構築上の違反を犯している。だがそれ故に現代的作品である」って遠回しに褒めてます。53年にそれをしちゃうって凄いよね。

そう考えると、去年話題になった「1917」も同じ類なのかもしれません。話しかけてはこないものの、戦地を走る二人をワンカットで追う展開は、鑑賞者を「後ろからついていってる三人目」にすることができ没入感を生むことができます。

一人称視点

では一人称視点はどうでしょう。僕は三人称視点より難しいのではと思います(難しいというか作れるジャンルがかなり限定される気がする)。そもそもカメラの存在が映画の主人公からしたら第三者なんだから、カメラを通した鑑賞者を物語の第三者に仕立て上げるのは結構簡単に思えます(型破り過ぎて昔は思いつかなかったんだろう)。

でも一人称となると、主人公の視点を完全に再現しなければなりません。実際「ハードコア」(2015)は完全一人称映画として話題を呼びましたが、果たしてそれが映画である必要性があるのかとのディスりもありました。もうそれはパソコンゲームなのでは?的な。

アクションとかホラーとか、確かに一人称で描けば、視界とかの情報量が限られる分スリルが増すでしょう。ただそれってもうゲームがやっちゃてることだし、本当に映画であるべき必要があるのかなと思います。

シルビアのいる街で、の素晴らしさ

で、話が一番最初に戻って、今回紹介した「シルビアのいる街で」はその一人称視点の良い点と、三人称視点の良い点をうまく利用してるなと思ったんです。追いかけてる彼の目線と、追いかけてる彼を眺める第三者の目線。この2つがうまーくかみ合わさって、お洒落なパリの街の中で一緒に彼女をストーキングしてる気分になれるんですね。

一人称視点はジャンルが限られるって書きましたが、多分アクションとかをするよりも、パーソナルで些細な日常を主人公目線で描いた方が、一人称の良さが出るのかなと思います。それこそ吉本ばななの小説みたいで良さげ。そういうの撮ってみたいね。

ホセ・ルイス・ゲリン監督いいなって思ったのに全くみれる場所がないのが辛い。

 

最後まで読んでくださいありがとうございます。

 

ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』を読んで

こんにちは。

今日は二週間くらい前に読んだ「オン・ザ・ロード 路上」(以下:路上)の感想を書きます。多分就活の時期に読んだのは間違いだったんですけど、ずっと読みたかった&かなり面白かったんで色々垂れ流しますね。

そもそもなんでこの小説知ったかと言いますと、East Endに行ってシトウさんと映画の話で盛り上がった時に、僕が「この前パーマネント・バケーションみたけどすごい面白かったっす、ジャームッシュってなんかいいですよね」的なことを言ったら、「あれ完全にビートだよね〜」って言われまして、ビートってなんぞやってなったわけです。で、色々シトウさんに語られ、すげぇってなりました。

その時に「ビートニクを知るならまず路上を読むべき」と教えてもらいすぐ買いました。今考えれば、East End のカウンターにギンズバーグの詩集とか東洋思想の本とかたくさん置いてあって、シトウさん滅茶苦茶ビートニクLOVEな人だったんだなと思います。

まあそういう感じで知りまして…

 

あらすじ

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ざっくり説明すると、主人公の作家サルが親友のディーンと何も持たずにアメリカ横断の旅をするって話です。右端のニューヨークから左端のサンフランシスコに行って、そっからニューオリンズ経由でニューヨークに帰って、色々寄って最終的にメキシコに行く。その道中でいろんな人に出会って、いろんな恋をして、いろんな犯罪を犯して…。別に主人公の成長物語とか、波乱万丈な旅とかではなくて、ほんとにただの紀行文です。

この小説に出てくる人物には勿論モデルがいまして、主人公が著者のケルアック、親友がニール・キャサディ、他にもアレン・ギンズバーグウィリアム・バロウズなど、当時ケルアックが仲良くしてた小説家仲間が登場します(ニールは一般人)。ケルアックは実際に彼らと長旅をして、それから帰ってきて一ヶ月ほどでこの小説を書いたらしいです(旅をしながら書いたとか、10年くらい構想を練ってたとか諸説あるらしい。多分1ヶ月で書いたはケルアックがインタビューでついた嘘)。

ビートとは

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 冒頭で登場したビートが「路上」とどういう関係があるのか。

シトウさんが言ってたビートってビート・ジェネレーションのことで、1940年代終盤から1960年代中盤にかけて、アメリカで異彩を放ったグループおよび彼らの活動の総称です(ビート・ジェネレーションって名前はケルアックが作った)。そのグループの中心メンバーが、路上の著者ジャック・ケルアック、詩人アレン・ギンズバーグ、小説家ウィリアム・バロウズなんですね。

彼らの文学思想や生活様式が、当時のアメリカの若者の中で「めちゃクールじゃん!」ってなって多くの人がビート・ジェネレーションの真似をしました。そんな若者を見たコラムニストのハーブ・カーンが、記事の中で彼らのような人間を「ビートニク」と表現しました。なんで結構混在しがちなんですが、ビート・ジェネレーションとビートニクって厳密には違う意味、ってか言葉の誕生経緯が全然違うんですね。

ビートの影響 

アメリカの若者にビートの文化が大ヒットしまして、その中でも「路上」はバイブル的存在でした。じゃあ実際にどんな物に影響したのか。

影響された人の多くは、音楽家、映画監督などをはじめとする芸術家たちでした。特に音楽には多大な影響を与えたようで、ボブ・ディランジョン・レノンニール・ヤングブルース・スプリングスティーンなんかは夢中になって路上を読んだらしいです。ビートルズのビートもこっからきてる説が濃厚です。ロックの「旧体制を打ち壊す」「革新的であり続ける」みたいな考えは、割とビート・ジェネレーションの思想から来てるかもしれませんね。

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映画ではジム・ジャームッシュパーマネント・バケーション)、ヴィム・ヴェンダース(さすらい)、デニス・ホッパーイージー・ライダー)なんかのロードムービーに絶大な影響を与えてます。イージー・ライダーとか路上そのものやね。ジャームッシュの作中には引用も登場します。

あと芸術家以外で言うと、ヒッピーなんかの思想もビートの思想が根本にあります。まあこれは順番的な物で、ビート・ジェネレーションってカウンターカルチャーが衰退して、次にできた同じようなのがヒッピーだったってだけかもなんだけど。

 

ビートの思想

そんなカリスマ的な力をもった思想ってどんなもんか。多分その思想の根っこを知るには当時のアメリカの歴史的背景を知るのが重要です(僕もまだ勉強中なんで以下が全部正しいとは限らないです)。

当時のアメリカはソビエトとの冷戦の真っ最中。莫大な消費を前提とした「American way of life」と呼ばれる繁栄が享受された時代であり、同時にアメリカが画一化に向かって変化し始めた時でもありました。当時のキーワードは「順応」。資本主義に対抗する共産主義者等の異分子は妬まれ除外されました。アメフト好きの父親に専業主婦の妻、二人の子供に、大きな庭とでかいガレージ、こんな感じの「アメリカに順応した家庭」が正義とされていたのです。

そんな大衆の流れに反抗したのがビート・ジェネレーション、いわばカウンター・カルチャーです。彼らは何不自由のない生活に飽き、またそんな生活が一番良いと謳う人間に不満を覚え、街を出て放浪の旅に出ました。自虐的でありながらも野性的で革新的。消費からは得ることのできない自由を求め、本能のままに車を走らせアメリカ中を旅しました。「ビートとは」の項で、"コラムニストのハーブ・カーンが、記事の中で彼らのような人間を「ビートニク」と表現した”と書きましたが、このビートニクも、当時ソビエトが打ち上げに成功した人工衛星スプートニクから文字られており、画一化に反抗する若者を共産主義的な異端者だと遠回しに揶揄したのです。

「路上」の中でビートは多くの意味を持っています。前半では「くたびれた」という意味で使われ、「騙され踏んだくられ肉体的精神的に消耗している世代」を表現していますが、後半、そのネガティブなニュアンスが一気にポジティブな意味に変化します。ビートとはBeatifc(恩恵を受けた)の根本だ、と表現するのです。これは、画一化された社会から逃れるために旅に出た哀れな世代が抱いた苦しみや怒りは、恩恵を受けるべき至福の時代の根底なのだという意味でしょう。またそのポジティブなビートを、モダンジャズ(作中ではチャーリー・パーカーやマイルズ・デイビスが登場するし音楽も引用されている)のビートにつなげ、躍動的でクールな意味としても使われています。結局ケルアックが持つ天性の語彙センスが作った言葉遊びなんですけど、その一つの単語が持つ反逆的でありながらも希望的な意味が魅力に繋がったんだと思います。

ビートの衰退

一世を風靡したビート・ジェネレーションですが、いろんな若者に影響を与え過ぎたが故にカウンター・カルチャーからメジャー・カルチャーに変化してしまい、ビート・ジェネレーションの思想の本質が曖昧になったことから衰退しました。まあこれはカウンター・カルチャーあるあるなんでしょう。ヒッピー文化の消滅も、あまりにも人気が出過ぎて彼らの溜まるモーテルなんかが観光地になったからって説もあるし。

あと、彼ら(ビート・ジェネレーション)の生活には女・酒・ドラッグ・タバコ・犯罪(窃盗とか)が欠かせなくて、割と美化して描かれてるし語り継がれてるんだけど、まあそりゃ長続きしないよね…って感じのクズlifeを送ってました。音楽をはじめとする多くの芸術にドラッグは欠かせない、というかドラッグのおかげで色々な傑作が世に送り出されたのは承知ですが、決してそれが長続きする文化だとは思えませんね。複雑。

最後に

今や「路上」はアメリカ文学を代表する傑作らしいので、読みたかったら難しいこと考えずにバーっと読むのが一番ですね。改行少なくて殴り書きチックなんで合う合わないはありそうだけど…。ただ今回書いたようなビート文化って本当にいろんな物に影響を与えた魅力的な存在なんでもっと調べたいっすね。「吠える」とか「裸のランチ」とかも読みたいけど中々入手できないんだな。

教えてくれたシトウさんに感謝です。

次はジャームッシュの映画のことについてでも書こうか。

 

最近よかった映画(1/1〜1/22)

こんにちは。

今月も気がつけば23日。別に特別な日でも切りが良い日でもないんだけど、なんか思い立ってブログ書くことにしました。なんせ暇なもんで。

 

 今月は現時点で52本くらい映画見ました。

 

去年一年間で361本だったんで、中々良い出だしなのではないかと。今月見たやつ全部書くのは面倒なので、Filmarksで4.0以上つけたやつ書きます。(写真入ってるの特に良かったのです)

がんびーのさんの映画レビュー・感想・評価 | Filmarks映画

 

  

 岬の兄妹(2018) 片山慎三

足の悪い兄と自閉症の妹の話。足のせいで仕事を干され生活に困った兄が、自閉症の妹を利用し売春で金を稼ごうとするが…。

世の中のタブーをしっかりと切り取った作品。見ていて韓国映画の「oasis」を思い出した。よく完成させたな、と感嘆。演者も監督も、脚本書いた人も、すごいエネルギー使っただろうに。それだけ伝えたいテーマがあったのだと思うし、描くべきだと感じたんでしょう。

環境のせいにするなって言葉よく耳にするけど、これ見たらもうそんなこと言えない。てかそういうセリフ簡単にいう人が、よくない環境を作るんだろうな。

 

トラスト・ミー(1990) ハル・ハートリー

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美しき爆破物語。
16歳で妊娠し高校中退。さらに不慮の事故で父を殺してしまったマリア。母に家を追い出されあてもなく街を彷徨っていた彼女が、世間に馴染めず常に手榴弾を持ち歩く青年マシューと出会う。

久しぶりに最高な作品に出会えた。ハル・ハートリーは「シンプルメン」しか見たことなくて、変わった映画だなぁと思ってたけど、これはドンピシャ。素晴らしく良かった。
マリアがどんどん可愛らしくなってくし、マシューはどんどん内面を見せてくるし、出会うべき二人が出会えてよかったのぉとエンディングでウルウルした。二人とも、いわゆる毒親の下で育ったわけだけど、それにしてはとても真面に成長してらっしゃる。二人とも少々捻くれてて変わり者だけど…。


近眼だから最後メガネかけるとこと、信頼の証って言って高いところから飛び降りるとこ好きです。

 

反撥(1964) ロマン・ポランスキー

幼少期のある出来事をきっかけに、男性恐怖症に陥ってしまった女性がどんどん病んでいく話。

非常に面白い。
というか作品としてのクオリティがめちゃ高くて好きだなとなった。
あんま映画理論的なのはわからんのだが、画角・ショットの繋ぎ・音楽・妄想と現実の曖昧さなど、ほぼ全てにおいてセンスいいなって感じ。特に画角はほんと何回か巻き戻しちゃうくらい良かった。
ドヌーヴが殺した男引き摺るシーンを床スレスレで撮ってマットが山になるのが良い。あとナイフ振り下ろすのがゆっくりなのも良い。ヒッチコックのサイコっぽくてね。目で始まり目で終わるのも良い。

ポランスキーが犯罪者級の変態オヤジってのもいいんだよな。

 

お引越し(1993) 相米慎二

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両親が離婚前提の別居暮らしを始めてしまい、小学6年生のレンコはお母さんと暮らすことになる。突然の生活の変化に動揺するレンコ。どうにかして元の生活に戻そうと奮闘するのだが…。

激しく良かった。
幼き田畑智子が最高にキュート。デビュー作らしいんだけど既にキャラが出来上がってる。これも相米慎二の手腕なのか。是枝監督が師匠と仰ぐ巨匠らしいし。
なんで別々に暮らすん?って言うレンコの純粋な疑問が大人の心に刺さる。彼女の溌剌とした笑顔が一層感情を複雑にする。お母さんの気持ちもわかるしお父さんの気持ちもわかるけど、やっぱレンコの思いが一番素直で一番説得力あるよね。

ラストの電車のシーンが素晴しき哉。

 

沈黙(1962) イングマール・ベルイマン

神の沈黙三部作の三作目。
前二作は未鑑賞。特に繋がりはないようなので問題なし。
無駄な演出を削ぎ落としたことで、かなり直球な、でも難解な本作品。心してみたが、やっぱり難しかった。
ある姉妹と妹の息子の3人で海外に旅行に行くが、その道中で姉が体調を崩してしまい、急遽そこら辺のホテルに泊まることになる。ホテルの給仕係のお爺さんや他のお客の小人たちとは、海外ってこともあって全く言語が通じない。ただ、翻訳家の姉は、言語を使わず身振り手振りで給仕係とコミュニケーションを取って仲良くなる。でも妹はそんなことせず、言葉が通じないのを良いことに、姉の悪口を吐いたり、二人に秘密で男と遊んだり。

 

姉が翻訳家であることが物語の肝なのかなと思った。
異国人=神と仮定したら結構納得できる。
神と人間を結ぶ役割が、他国の言語と自国の言語を結ぶ翻訳家の役割なのかな。そう考えれば、姉が男に溺れる妹に対して「可哀想ね」と呟くのもわかる。そしたら息子はどういった立ち位置なんだろう。息子は純粋が故に、あの時代世間から軽蔑されてたであろう小人と仲良くなるし、給仕係からも彼の大切な家族の写真をもらう。子供は一番神に近い存在って意味か。

難しいテーマだけど、色々考察できる作品。

ベルイマンの映画は構図が神がかってるよね。

 

スワロウテイル(1996) 岩井俊二

芋虫の成長物語。
ずっと見たかった岩井俊二の傑作。
エンタウンという名の架空の街を舞台に色んな言語が飛び交う。完成度の高い世界観が、冒頭から一気に映画の世界に引き込んでくれる。ああいう世紀末みたいな街好き。
150分でちょっと長尺なんだけど、展開が二転三転するからあんま飽きなかった。小説を読んでるみたいだな。

役者が色んな言葉の勉強しなきゃで大変だったんだろうな。
アゲハの透き通る感じが素晴らしい。
 これを見た日からSunday Park鬼リピしてます…。
 

トウキョウソナタ(2008) 黒沢清

黒沢清の作品何気初めてかも。
カリスマ途中まで見てるから全部見ねば。

突然リストラされた夫。妻に打ち明けることもできず、仕事に行くふりをして一日中放浪する毎日。突然米軍に入ると言い出し家を出た長男。中東の戦争に飛ばされる。小学校の先生と喧嘩し、無視される次男。ピアノ教室に通いたいとお父さんに頼むが断られたので、お母さんからもらった給食の金をピアノ教室の月謝に回してバレてお父さんに殴られる。夫が公園の炊き出しに並んでるところを見ちゃった妻。リストラされたことを隠してたことに呆れる。長男を必死に止めるが結局彼は渡米してしまう。空き巣に襲われ良い感じになっちゃう。

悪化の一途を辿る家族に、月の光がさす。
ピアノ教室で天性の才能を持っていると賞賛される次男。ラストの彼の演奏が不思議と今までの不幸を帳消しにしてくれた気分。いつかは嵐が去って光が刺すのさ。最初と最後のシークエンスの対比が粋。
また観よう。
次男が階段から落ちるのめっちゃツボった。
 

殺人の追憶(2003) ポン・ジュノ

『犯人は必ず犯行現場に帰ってくるのさ』
1986年。田舎の農村で女性連続殺害事件が起こる。現地警官のトゥマンがソウルから派遣されたテユンと捜査に当たるのだが事態は難航していくばかり…。

やっと見れたポン・ジュノの傑作。
母なる証明もはよ見ねばやね。

これは実話であって、これが公開した時点で犯人がまだ見つかってなかったって情報を頭に入れてみるのが重要。それを知ってるだけで、ラストシーンの深みが1000倍くらいになる。もしこれ映画館で見てたら怖すぎてエンドロール見れないだろうな。

ソン・ガンホを中心とした警官たちのオフビートな会話があるおかげで重くなり過ぎず、ちょうど良い塩梅だった。ガンホのなんとも言えない表情が好き。それにしても当時の警察の適当っぷりはすごいな。冤罪だらけだろ。

民主化運動の話とかもちょいちょい入ってきて時代を感じた。
時々入れてくるスローシーンがポン・ジュノ節。
 

汚れた血(1986) レオス・カラックス

愛のない成功により感染する変な性病が蔓延するパリ。美人な彼女に飽きた主人公が彼女の元を離れ放浪の旅に出る。そこで出会った美女に恋をしてしまい…。
俺も死ぬ時ジュリエット・ビノシュジュリー・デルピーに見守られたいよ。アレックス、なんて豪華な恋してやがるんだ…。

ずっと見たかったカラックスの初期作品。一応三部作の二作目らしい。僕は他の二作観てないですけど問題なかったです。ホーリーモーターズ、ミスター・ロンリーはどちらも哲学的過ぎて入り込めなかったが、本作はスッと入り込めた。美人二人が出てる恋愛だった&映像が兎に角カッコ良かったからだろう。話の内容も恋愛が主だったのでわかりやすかった。愛は疾走って事なのかな。きっとアンナもアレックスのことを愛してたんだろう。

モダンラブの長回しとアレックスの芸に笑うアンナが好きすぎる。もちろん最後も。これを撮った時カラックスは26歳。この映像センスと音楽センスは天才としか言いようがない。ハネケとカラックスが理解されない天才ってイメージ。

また観よう。
 

鏡(1974) アンドレイ・タルコフスキー

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やっと見れたタルコフキーの傑作。

彼が作るものはどれも傑作と言われているが、本作品は彼の自伝的な(もはや自慰的な)映画であるだけに、タルコフスキーを知るならこれを見ねば!というシネフィルが多いらしい。かなり難解な内容ではあるが、僕は何故か最後不思議と納得できたので点数高くした。まあ内容がいまいちでも鑑賞者を唸らせる映像がとまらない、というかそれしかないので高いんだけどね。

観終わって一番思ったのは、タルコフスキーが親の愛をしっかりと感じていないが故に、この作品で『自分に対しての親からの愛(特に母の愛)』を正当化させようとしたのでは?ということだ。作中で『君を見るとき僕は母を思い浮かべる』という気持ち悪いセリフが飛ぶのだが、ある意味これは本作品の核をついていて、男性及び人間が本能的に持っている『母性を求める欲求』が、現在・過去・大過去・夢の交差した記憶を飛び回りながら、妻と母(作中では同一人物が演じている)という二人の偉大な「女性」を作り上げているのではないだろうか。そしてその飛び交う断片的な記憶の架け橋として『鏡』が存在しているように感じた。

記憶は、その物を覚えようとするのではなく、その状況や感覚を覚えようとすると定着しやすいと耳にしたことがある。つまり、テストのために英単語を覚えるとして、その単語自体を覚えようとするのではなく、その単語を覚えようとしている状況を覚えるということだ。本作品における鏡の役割もそれに似ていて、常に描かれる記憶のどこかに鏡がある、つまりタルコフスキーは鏡という共通の物体を利用して母や妻を記憶し、そして結びつけていたのではないだろうか。その鏡を通して見える、燃える納屋や屋根の桟から滴る水。それがタルコフスキーの誇張された芸術的な記憶の断片であり、我々第三者はその記憶を垣間見ていると言える。

ラストは圧巻。バッハのヨハネ受難曲に合わせて、風が靡く草原にそれぞれの記憶の断片が集合する。タルコフスキーを産む前の母、幼いタルコフスキー、晩年の母、遠くにいるのが妻かタルコフスキーか父か…(わからない…)。このシーンがあるおかげで、それまでの難解な2時間弱がまとまった。

途中途中で入る各戦争の記憶は果たしてどういう意味があるのか。いまいちわかんなかった。それが時の経過を表しているのか。タルコフスキーの表面の記憶的な。

もう一回見よう。
 

ファニー・ゲーム(1997) ミヒャエル・ハネケ

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「虚構は現実なんだろう?」
「なんで?」

「虚構は今見ている映画」

「言えてる」
「虚構は現実と同じくらい現実だ」

悶絶級の傑作。
前情報なしで見たんだけどそれが本当に正解だった。
いやぁ良かった良かった。

最近映画と現実の境目って何なんだろうなって考えることが結構あって、(まあ端的に言えば「映画は映画でしょ…」ってなるんだけど)僕のその終わりの見えない問いを度ストレートについてきた感じ。最高す。
後味悪いとかグロいとか賛否分かれる作品だけど、ぶっちゃけそのグロ要素っていうか殺人要素的なのは、ハネケが現実と虚構の関係性を視聴者に伝えるために、僕らを画面の中に引き込む材料として一番手っ取り早かっただけのかなと思う。ただグロい映画を作りたかったんじゃなくて、視聴者になるか共犯者になるか、果たしてその境目はどこなのかを見てる人に問うてるのかなと。

とりあえず最高な映画。

 

前半のイライラのひっぱりが堪んない。
 

白いリボン(2009) ミヒャエル・ハネケ

第一次世界大戦直前のドイツ北部の小さな村で奇妙な事件が次々と起こる。犯人は誰なのか? 憎しみ、抑圧、嘘、暴力が蔓延する村に救いは来るのか。

かなり良かった。
今まで見たことない戦争映画。

ここで描かれている子供たちが、後にヒトラーの下で大量殺戮を行う人間なわけだが、何故そういう人間が生まれてしまったのかわかる気がする(そんなのドイツに限った話じゃないけれど)。
とにかく村の大人達の感情がひん曲がっていて、それに抑圧される子供の人間性も変な方向に成長してる。牧師であり神学を教える先生でもある父に理不尽に怒られ、父の大切にしていた鳥を殺す娘。あの行動が全てを物語っている。抑圧され罵倒され殴られた人間がまともになるわけない。親の憎しみや嘘は子供に伝わるもんだとしみじみ感じる。

ドクターが助産婦を罵倒するシーンは言葉が酷すぎて笑ってしまった。きっとあの医者は十数年後にお偉いさんになってT4作戦を指揮しているのだろう。
結局胸糞な感じで幕を閉じたが、作られるべき映画作品だったと思う。

ハネケ好きです。
 

最後に

絞ったつもりだったけど案外書いちゃいました。
次からは一週間に一度にしようかな。
 
本とか音楽とかもしたいですね。
一つの映画作品とか一人の監督に焦点を当てて書くのも良い。Netflixドラマもいいな。
 
まあまた。
 
それでは失礼します。
 
 

映画『ジョジョ・ラビット』ホロコースト映画の新たな傑作【感想・ネタバレなし】

ー 君は自由になったら何をするの?
ー 踊るわ

  

今回紹介するのは、アベンジャーズ/エンドゲームマイティ・ソー/バトルロワイヤルなどで知られるタイカ・ワイティティ監督ジョジョ・ラビット』です。タイカ・ワイティティ…。何とも言いづらい名前ですね、ニュージーランド出身らしいです。本作品は、2019年制作(日本での公開は2020年1月下旬)でして、アカデミー賞脚色賞を受賞するなどして話題を集めました。個人的にはもっと賞を席巻してもよかったのではと思いますが。

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 ・あらすじ


主人公のジョジョは妄想癖のある可愛い10歳の男の子。彼はいつも妄想上のヒトラーとお喋りしてる。夢は彼に会う事。そんなヒトラーに憧れるナチボーイは、ある日自分の家の屋根裏にユダヤ人の女の子エルサが匿われてることを知る。アンチ戦争のお母さんと屋根裏にいるエルサ、そして心の中で鼓舞してくるヒトラー。彼の心は揺れ始める…

www.youtube.com

感想

はい、まあ端的に言って仕舞えば「戦争映画」です。そしてさらに細かくいうのであれば、第二次世界大戦時におけるユダヤ人迫害を描いた「ホロコースト作品」であります。ホロコースト作品といえば、『ライフイズビューティフル』『縦模様のパジャマの少年』『サウルの息子』『シンドラーのリストなどなど、少し名前を挙げるだけでもかなりの名作が存在しますが、そんな名作達の中でも引けを取らない傑作だと僕は思います。

 

素晴らしい理由一つ目

戦争映画であるにもかかわらず、凄まじパワーと希望にあふれている。ホロコーストと聞くと卑劣な差別を思い浮かべます。もちろんそれは悲しい史実として語り継ぐべきだと思います。ですが、本作品はその卑劣で非人道的な差別や、そこから生まれた悲しみや憎しみだけに焦点を置いていません。「ホロコースト」という人類史上最も卑劣な行為の中に少しだけ残った希望を、自由への小さな喜びと渇望を感じることができる、そんな作品でした。観賞後は、なんだか素晴らしく良い時間をもらえた気持ちになれました


素晴らしい理由二つ目

なんと言っても俳優陣が素晴らしかったです。まずはスカヨハことスカーレット・ヨハンソンさん。今年の上半期は彼女の名前ばかり聞く気がしますね笑。戦時中の辛く苦しい時代を生きる女性を、華やかで淡麗な容姿と素晴らしい笑顔、そして何より息子を思いやる寛大な愛で存分に表現した。スカヨハでしかなし得ない演技だったと思います。お次はサム・ロックウェル。いやぁ、毎度の如く最高です。この人は良い悪いという以前に大好きなんです。戦争ものにしてはかなりポップでコミカルなストーリー展開な本作品ですが、そのポップさを引き出すためのキーパーソンこそがこの方だと思いますね。ただ下品な笑いを招くだけでなく、情にあふれた一面もみることができた。愛らしいキャラクターですね。後はやはり主人公のローマン・グリフィン・デイヴィス君と、Kingにも出演していたトーマサイン・マッケンジーの二人ですね。デイヴィス君はとりあえず可愛い…。冒頭から心を鷲掴みにされました。マッケンジーさんも落ち着いた演技で大人びてましたね。

 

ぜひぜひぜひ